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んだすぺ



おはようございます。



連載「母を軌跡を辿る」をお送りしておりましたが今日で最終回です。

まだまだまだ母のエピソードが沢山あるし、記事も面白いから読んでるよ〜って言って下さる人も多いのですがこれ以上やってると、あいつ(母)があの世で調子に乗ってるのが目に見えるため、もうやめたいと思います(笑)。ほんと調子乗りで乗り出すとマジでトラブルを引き起こすため、息子としてはそれがトラウマになっています。無論、それは僕にもしっかり受け継がれているので気を付けなければいけない部分でもありますw。


そんな母ですが、ある春の日…珍しく実家に呼ばれた事がありました。

実家に行くと母が「今日で一緒に食事出来るのは最後になるからご飯食べて行きなさい」というのです。

新手のギャグか得意の流行り言葉かと思いながらも父と母と3人で(たしか兄はいなかった)食卓を囲み、ほぼ無言で食事を終え、何の気なしにじゃまた〜って僕は自分の家に帰りました。

そして、次の日、母は実家から居なくなりました。

それから10年くらいだったかな、母はどこにいて何をしていたのか…わからなかったし、自然と知りたいとも思いませんでした。


そんなある日、見知らぬ電話番号から電話がありました。

その声は母でした。僕は乗り気では無かったけど強引に待ち合わせ場所を決められ10 年ぶりに会う事になりました。


久々に会った母は体が一回り小さくなっていて後ろ姿はバァちゃんそっくりで、なんか時間の経過を感じたのを憶えています。

でも、生命力はまるで衰えておらず、相変わらず人の話も聞かず「あれが美味しい」「あれが楽しい」「あれがやりたい」とかなりウザかった記憶があります(笑)

どうやら、再婚されたらしいのですがお相手がどんな方だとか、母はどこに住んでいるのかなどは結局よくわからず、よく喋るくせして自分の事を明らかしない相変わらずなやつでした。


それから数年後の今年一月。

叔母さん(母の妹)から母が入院しましたとの連絡がありました。

病名は急性白血病との事で5回の抗がん剤治療に耐えれれば、まだ生きられるとの事でした。

母は僕が子供の頃から風邪一つひかないタイプだったので病気とは無縁と思い込んでいたのでビックリしました。

母に会いに病院にお見舞いに行きました。病室での母は相変わらずで、前向きで弱音を吐かない強さを保っていました。

そして3月上旬、母から抗がん剤の治療が半分終わったとの連絡が来ました。かなり辛かったけど後半分だから頑張ります、退院したらご飯でも行きましょう。と。


今思うとそれが最後の会話になりました。

6月17日に母は他界しました。72歳でした。


先日、母のご家族の皆様に御葬式(家族葬)に呼んで頂きました。

お互い初めてお会いしました。

お話をお聞きすると、新天地でも相変わらず皆を巻き込みハチャメチャな人生を送っていたんだなと笑ってしまいました。

そしてその母のハチャメチャぶりを共に楽しんで頂ける家族に出会えて母はかなり幸せだった事と知りました。ありがとうございました。


御葬式の日は夜まで母の笑い話は尽きず、初めて会った人同士を繋げる母の力は亡くなっても健在なんだなと感じました。


そして、こんな風にしてずーっと母は誰かの心の中で生き続けるのかも知れません。不覚にもちょっと羨ましいなと感じましたw。


母のその生き方を引き継ぐのは残されたものだと思うので(見習いたくない部分も沢山あるけど笑。)母に恥をかかせないような今後の人生を送りたいなと感じました。



以上となります。



見てくれた皆様ありがとうございました〜。



高橋













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